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トレガーワーク(米国ではトレガー・アプローチと呼ばれるワーク)は、ミルトン・トレガー博士が18才の時の思わぬ発見が発端となりました。その後、50年間をかけ、その発見をより洗練し進展させたものです。
感覚を重視し、人には、伝えることができないだろうと思われていました。それを普通の人なら引退を考える時期に、彼は、教えてみることにチャレンジしたのでした。その結果、有資格者と認められるプラクティショナーが米国を始め、ヨーロッパ、カナダ、オーストラリア、日本などに何千人も誕生しました。
1997年1月に、20年以上に渡ってトレガーワークを教えて来た彼は、88才でその生涯を閉じました。
         

1908年にシカゴに生まれたミルトン・トレガーは、生まれつき背骨が変形していて、どちらかと言えば病弱だった体を克服し、体操やダンスで頭角を現すようになりました。
十代の終わりに家族とマイアミに移った彼は、プロのボクサーになる訓練を始めました。
ここで、彼は、効果が持続するボディワークのテクニックを発見したのでした。


彼のトレーナーであるミッキー・マーチンは、練習の後、彼よくをマッサージしていました。
ある日、ミッキーがとても疲れた顔をしているのを見たミルトンは、逆にマッサージしてあげたのです。
彼のマッサージの手の感覚に驚いたミッキーに褒められたミルトンは、自宅に帰り長年座骨神経痛で悩んでいた父親に施術してみると、2回のセッションで治ってしまったのです。


そこから、彼の人生をかけた探索が始まったのです。ミルトンは様々な症状を持つ人にワークをして行きました。気腫を持った人、喘息、筋萎縮症、小児麻痺、ぎっくり腰など、彼のタッチで大いに楽になったり、奇跡的な回復を見せたりしました。
小児麻痺で5年間車椅子の生活をしていた19才の彼の友人が、車椅子無しで歩けるようになったこともありました。


しかし、ミルトンは常に彼自身をヒーラー(癒す人)だとは呼びませんでした。
彼は「私にはこれができ、そして、効果もある。でも、人は、みんなヒーラーさ」と良く言っていたものです。


このように、様々な障害を持った人から得られた結果を見て、医学界にも貢献できるはずだと思った彼は、42才の時、アメリカ中の医学校に入学の申込み書を送りましたが、全て年齢を理由に断わられました。

「私の大きな目標は、理学療法士に私のワークを教える事だ」と、彼は言っていました。そして、ついにスペイン語も話せないまま、メキシコの医学校に受け入れられたのです。
その大学は、在学中、ミルトン専用のクリニックを設け、彼にワークを続けさせました。そして、6年後の1955年に念願の医学博士号を取りました。


ミルトンは、その後20年間、施術を続けましたが、いつも、これを人に伝えられないことを残念に思っていました。
そんなある年、カリフォルニアにあるエサレン研究所に呼ばれて、デモンストレーションを行った時に出会ったベティ・フラー女史が、彼のワークに感動し、1980年にトレガー協会を設立し、トレガー・ワークとして、資格を持つ人々を教えるコースが始まりました。


ミルトンが、医学界にも貢献したいと思った時から40年経ち、ホリスティック(全健康的)な考え方を持つ医者、看護士、理学療法士などが彼のワークを、各自のワークに生かすようにもなりました。

日本でも、1998年に12名がカリフォルニアの「レベル1」コースに参加して以来、毎年、1、2回の「レベル1」コースが行われるようになりました。トレガーの奥深さを求めて、様々な方々が、会員となっています。
2005年現在、プラクティショナー(有資格者)の数は、北は栃木、南は沖縄まで30数名になりました。

 
「Trager(R)」は、国際トレガー協会によって、日本でも商標登録されています。
HPに関するお問合わせはWeb管理者まで E-Mail:admin@trager-jp.com
Copyright © 2005 Trager(R) Japan Chapter. All rights reserved.

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